アナリストの眼
「日本売り議論」に物申す
掲載日:2010年02月23日
- アナリスト
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投資調査室 笹本 和彦
「日本の街の様子は実際どうなのか?テレビには映らないが、街にはホームレスがあふれ、治安も悪くなっているのではないか?人々は将来を考えると、生活必需品以外は購入しようという意欲はおこらないのではないか?」
この質問を私に投げかけたのは、来日経験はないものの、日本に対する造詣が深い欧州の某運用機関の女性ファンドマネジャーです。
昨年、欧州出張時に日本の「失われた10年」が米国発サブプライム危機に与えるインプリケーション(含意)について、現地運用機関のアナリスト・ファンドマネジャーを前にプレゼンテーションをする機会がありました。議論を終えた後、コーヒー・マシーンの前で談笑していた際に「さっきの議論の本論とはずれるけど・・・」と切り出されたのが冒頭の質問です。彼女によると、私が用いた「失われた10年(the lost decade)」という表現は広く一般に用いられているものの、日本のマクロ指標をみる限り、”losing decades”、すなわち過去形ではなく現在進行形で表すのが適切なのではと考えているとのことでした。プレゼンテーションの中で私が主張した「2002年竹中プラン後の銀行側のドラスティックな不良債権処理により、日本の不良債権問題は終焉し、銀行貸し出しは増加、デフレギャップも解消に向かった」という議論に対し、財政赤字は増大を続け、唯一のとりえであった経常黒字も中国の台頭により減少しているため状況は悪化しており、国民は不安におびえているのでは、というのが彼女の議論でした。
こうした指摘を受けたのは、彼女がはじめてではありません。過去の4年間のロンドン駐在時に、日本批判を行うメディア(特に某著名経済紙)、それを鵜呑みにした英国人との会話のなかで同じような話を度々耳にしていました。
冒頭の質問も含め、そうした日本悲観論に対する私の回答とは「人口減は避けられないなかで一人当たりのGDPも既に高水準であり、今後の経済成長ペースが他国に比し低いことは否定しようがない。しかし、国民は勤勉で社会は安定しており、また高い技術力を持つ企業群は急ピッチで新時代への適応を図っているため、その観点からの日本株売りには否定的である」というものです。
この回答に対する相手の反応や、その後に続く私との議論の展開は千差万別で、ここで膨大な紙面を割いて紹介するつもりはありません。むしろ、私が強調したいのは、少なくとも現在の日本株に対する海外投資家の見方は上記に象徴される通り過度に悲観的であり、彼らの「日本売り」が高い技術や優秀な経営陣を持つ優良企業の株価までも押し下げてしまっているという厳しい現実です。こうした現状を打開するには「政官民揃ったアピールが必要」と言うことは容易ですが、そうした傍観者的な立場をとっていられるほどの余裕はないのでは、とも感じています。
我々「株式アナリスト」の職務は、企業の経営、外部環境の分析によって的確な業績予測を立て、それに基づく株価評価を通じ、「アウトパフォームする銘柄」「アンダーパフォームする銘柄」を選別し、実際に資金を運用するポートフォリオマネージャーに推奨することです。しかし資産運用にプロフェッショナルとして携わる身としての究極の目的は、資金を委託して頂いている個人のお客様、あるいは年金受給者の方々の資産を増大させ、より豊かな暮らしの達成に貢献することであると信じています。それには自分の推奨銘柄のアウトパフォームも大事ではありますが、機関投資家のアナリストとして、投資先(企業)との対話のなかで市場参加者の誤解を伝え、「グローバルな株式投資家から見た魅力ある経営」について先方が心を動かされるような説得力のある議論をし、取り組みを促すことも大事であると考えます。また、冒頭で述べたような海外投資家との接触機会があれば、自らも日本企業の前向きな取り組みを伝える努力をして行きたい。こうした地道な取組こそが日本の強みであり、日本を世界有数の経済大国に築き上げてきた原動力なのだとの信念を持ち、生涯の課題として取り組んで行きたいと考えます。
週末の某テレビ番組での株式市況解説において、「日本売り」という言葉を聞いた途端に冒頭の光景がフラッシュバックし、やや大げさな議論となりましたが、2月8日現在の日経新聞の1面によると「上場企業経常益2期ぶり増加へ。純利益は5.5倍」とのこと。明るい話も見えてきました。前向きに頑張って行きましょう!
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